D級アンプがいくら効率よく熱の発生が少なくなっているといっても電子機器であることに変わりはありません。また、スイッチング・レギュレーターも同様の理由で熱の発生が少ないですが、やはり使う電流値により多少の熱が発生します。
これらの主要回路のほかにも回路を増設していますので多少の熱は発生する事は考えなくてはなりません。
そこで、筐体中に2個の吸気・排気ファンを取り付け効果的な排熱を行う事ができるように工夫しました。
1個でも良かったのですが、内部の回路構成について考えると小型化を行うために結構、複雑になりそうな感じであった事や、アルミパネルによるパルス波の吸収対策を行う必要性があった事を考えると、静かに熱を排出するためには吸気と排気の両方が必要であるとの結論に達しました。
また、オーディオ機器ですから排熱ファンの音がブンブンと唸るのでは興ざめですから、ファン回転を調整する回路を設けて静かに熱の排出ができるようにしました。
さらに必要な事として、システムのフェールセーフ(FAIL-SAFE)も考えておきます。
フェールセーフとはシステム工学の用語で故障や操作ミス、設計上の不具合などの障害が発生することをあらかじめ想定し、起きた際の被害を最小限にとどめるような工夫をしておくという設計思想をいいます。
つまり、設計の際にすでに故障を前提に考えておかなくてはならないという事です。
どうしてそういうことをするのか?機械はいずれ壊れます。この事は宿命のようなものです。
壊れるのはいたし方の無い事としても壊れ方に問題があるような場合はその製品の設計に欠陥があるといわれても仕方が無い事になります。
このアンプで例えるなら、回路の一部分が壊れた場合にスピーカーや他のオーディオ機器に故障が拡大するような事があっては困るわけです。
それらを防止する工夫を現時点の製作時におこなっておきます。
回路の各所に過電流防止用のヒューズを入れておくのは当然として、アンプ回路には過温度防止回路とスピーカー保護の為の保護回路を入れておきます。
スピーカーの保護については重要な事ですので少し長く説明しておきます。オーディオの音質はスピーカーの良し悪しによって決まるといっても過言ではありません。ですから、高音質を追求するならオーディオ購入時におけるスピーカーの価格比率は相対的に上昇します。
いちばん故障すると困る機器ですね。はっきり言うなら、いいスピーカーは値段高いです。故障拡散防止については是非とも死守しなくてはいけないエリアです。
そこで、いろいろな回路上の工夫をおこなって、スピーカーが壊れないようにします。
スピーカーの故障で一番多いのは過大入力によるコイルの断線です。過大入力と言うのはスピーカーに通常入れてはならない電圧電流を入れてしまい、スピーカーをおしゃかにしてしまう事をいいます。
現に製作しているこのアンプでもおきる事です、直流15ボルト数アンペアの電流が何らかの故障でスピーカーに直接入る可能性は絶対無いとは言い切れません。
そういえば、以前音響メーカーの技術屋と話していたときに面白い話が聞けました。その音響メーカーは高級スピーカーを主体で作っています。
故障製品をメンテナンスしている部門にとんでもない故障品が運ばれてきました。スピーカーのコーン(丸く音の出る部分)は敗れバラバラになり、ネットワーク(スピーカーの駆動回路)は半分炭化しているありさまです。エンクロージャー(筐体の事)は煤にまみれており、このスピーカー、どこかの戦場の爆撃跡から拾ってきたんですか?と言うような状態だったそうです。
技術屋というのは難儀な生き物で、軽微な故障や想定できる範囲のものについて好奇心はあまり持ちません。淡々と修理します。しかし、この故障状態は常軌を逸しており、なんでこんな状況になったのか彼はどうしても聞きたくなったそうです。
そこで、持ち主に電話してどうしてこうなったのか聞いてみると、持ち主が語るには100ボルトを直結させてしまったとの事。
・・・は?100ボルト?直結?どーゆー事だ?どうなっているんだろうかとさらに聞くと、持ち主は語ってくれたそうです。
持ち主は複数のスピーカーを持っており、複数スピーカーの着脱にスピーカーコードの途中にコンセントコネクターを使っていた。どこにでも売っている100ボルトのコンセントコネクターです。いい工夫だと思います。コンセントのオスとメスを使って簡単にスピーカー交換できますから。
ですが、想定外のすんごい事をやってくれる人物がそこに居た。その家のメイドさんです。
メイドさんが居るという時点で実にブルジョアな香りが漂ってきますね(笑)。
メイドさんがオーディオルームの掃除をしようとして、単に間違えたのか、思いつきの好奇心を試そうとしたのかはよくわかりませんが、掃除機のコンセントと間違えてオーディオスピーカーのコンセントコネクターを100ボルトコンセントに差し込んでしまったらしいんです。
皆さん、どうなったと思います?50~60ヘルツの低音が出ると思いますか?
もう、すんごい大砲のような大音響が家の中に響き渡ったそうです。
技術屋の試算ですと1100ワットは出ていたんじゃないでしょうか、と言っていました。ちなみに、今私が作っているこのアンプは出力20ワットです。
音としての20ワットを全開で出力すると隣家から苦情が来ると思います。1100ワットって簡単に書いていますが、この数値からどれだけの音量が出ていたのか、想像するだけで恐ろしくなってしまいます。
さあ、それから大変です。故障の状況から考えた私の想像ですが、大音響を発するスピーカーは内部の保護回路が働いていますのでそのまま鳴り続け、保護回路が、
ドドゥゥゥゥゥウウウウウウン!!!!
壊れると、スピーカーに巻かれている駆動コイルが断線するまで本領発揮とばかりに大音響を発し続けたことでしょう。
そして、
ドウンガラガッシャーーーン!!
バラバラァァァーーーン!!!
心地よい沈黙・・・。
こうしてスピーカーはお亡くなりになってしまいました。
持ち主が言うには、その後で警察は来るわ、消防は来るわ、市役所の聞き取りはあるわで、エライ騒ぎになったと笑っておられたとの事です。
笑い事ではないんですよ、旦那。何とも豪気な方です(笑)。
少しばかり、話題が逸れてしまいました。アンプの中にもフェールセーフ機構を採り入れながら少しずつ仕上げていきます。1基盤完成するたびに正常な動作が行われるかをチェックしていきます。
このシステムは交流100ボルトを直流の±15ボルトに降圧して増幅回路に印加します。
今回使用したデバイスはいきなり±15ボルトをかけないとIC内部のプロテクタが作動し、正常に動作してくれません。音が出ないという事です。
よって、アナログ的なテスト調整法である『恐る恐る電圧を加えていって大丈夫かなー方式』は使えないんです。
私は、回路の誤配線や部品の誤接続によって回路を壊してしまう事があるので、いきなり正規の電圧を掛けるというのに躊躇を感じます。
とはいっても、このICチップの仕様ですからどうしようもないですね。ですから、あきらめて一発勝負します。
どうして、IR社の開発者は機器の製作者が一発勝負せざるを得ないような回路構成をとったんでしょうか?楽に製作することができればいいのにと思うのですが、何か他の意図があるのでしょうか?
開発者の意図を考えてみると、こういうことではないだろうかと思います。
アンプ一般に言えることですが、故障や過大入力に対しスピーカーの保護を考える、と先ほど私は述べました。
アンプの製作において、スピーカーの保護は本当に大事なことなんです。このスピーカー保護の方法として以前にリレーを使った遅延回路の話をした事があります。(詳細はこちら。「アンプを修理してみた」参照。)
このリレーですが、アンプにははずせない回路構成のひとつで今回もこのアンプ製作時に組み込みを予定しており、回路図まで作って組み込みを予定していました。しかし、このICチップのプロテクタ機構の性質を考えてみると、リレー回路はいらないなという事に気が付きました。
ICチップのデータシートをネットから取り寄せて読んでみると、それとなく行間にではありますが、このIR社のデバイスはノイズを極力減少させる事を目的として、正常な動作条件を狭くしているという事が書かれてあります。
動作条件を狭くすれば、設計や製作はクリティカルな仕様になりますが、使い勝手は良くなります。ちょっとした誤動作で簡単にプロテクト動作に入ります。
また、この動作はリレー回路が不要です。リレーは機械的な部品で動作を繰り返す為、数年で故障する性質を持っています。
アナログアンプでは必要ではありますが、部品自体も大きいですし本当なら付けたくないです。アンプ本体のカサも大きくなりますから。
このICについているプロテクタによって、小型化も可能になりますし、スピーカーを保護する事もできると考えられます。
うん、なるほど。そういうことか。開発者の設計思想に脱帽です。
そうこうしながら、完成へと持っていきます。ある程度の形ができたらシステムが完動するかを確認します。この確認の瞬間がいちばん緊張しますし、楽しくもあります。
入力正弦波の電圧・電流値・周波数を決め正弦波を出力すると・・・ちゃんと出ました!よかった!
今回は増幅回路基盤の形が異なっていますので、それが原因で左右において異なる波形になっている可能性もあります。そこで、可聴周波数の正弦波を入力して左右の出力状態をオシロスコープで観察してみますが、今回使用したトランジスタ特有の波形(MOS−FETというトランジスタの一種)は左右とも一致した波形で出力されています。安定しているようです。
これなら、音楽信号を入れても大丈夫でしょう。CDプレーヤーを入力端子につないでスピーカーを出力端子につなぎ、音楽を再生してみます。
いい感じで鳴ります!第1印象ですが、クリアーなサウンドという感じを受けました。アナログアンプですと無演奏時、つまり無入力信号時でもかすかなノイズが聞こえるのですがそれがまったく聞こえません。
まだ、言いたい事は沢山あるのですが、このくらいにしておきましょう。今回は、前回小言アップとの間隔が開きすぎた為、多く書き過ぎました。
このアンプの検証に関しては、次回、「わが弟の遠慮なき検証篇」で行いたいと思います。私の弟が遠慮ない意見を行ってくれると思います。それに対して、毒づく私の姿も書けると思います。
では、今回はこれで。
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